「指導書を読み込んで、その通りに授業をしているのに、なぜか子どもが乗ってこない」
「ベテランの先生が同じ単元をやると盛り上がるのに、自分がやるとシーンとする」
新任1年目のころ、私もまったく同じ悩みを抱えていました。教材研究は誰よりもやっているつもりなのに、授業がハマらない。45分が異様に長く感じる。子どもの反応が薄くて、教室がじっとりと重たくなっていく感覚。
結論から言うと、原因の多くは 「指導書の言葉を、自分の口に乗らないまま喋っている」 ことにあります。指導書はあくまで「設計図」であって、台本ではありません。この記事では、指導書通りにやってもうまくいかないと感じている新任の先生に向けて、授業を「自分の言葉」に変えていく最初のコツを、私自身の失敗談を交えてお伝えします。
なぜ指導書通りにやってもうまくいかないのか
まず大前提として、指導書通りにやってうまくいかないのは「あなたの力不足」ではありません。むしろ 指導書通りにやって誰でも盛り上がるなら、ベテランの存在意義がない わけです。
指導書には「発問例」「予想される子どもの反応」「板書例」が書かれていますが、それは 「ある仮想の学級」を想定した平均値 です。あなたの目の前にいる34人の子どもたちのことは、当然ながら何も書かれていません。
つまり、指導書をそのまま使うというのは、サイズの合っていない既製服を着て式典に出るようなものです。形は整っているけれど、どこか不格好で、本人が一番居心地が悪い。
新任時代、私が一番ハマっていた罠
1年目の私は、毎日深夜まで指導書を写経のように書き写していました。発問もそのまま、予想される反応への切り返しもそのまま、板書のレイアウトまで完コピ。それでうまくいくと信じていたんです。
でも実際に教室でやってみると、こうなります。
私「では、このときの主人公の気持ちはどうだったでしょうか?」
子ども(全員無言。鉛筆を転がしている子1名)
私「えーっと……(指導書をチラ見)……うれしかった、悲しかった、いろいろあると思いますが……」
子ども「(顔を見合わせる)」
この沈黙、覚えのある新任の先生は多いんじゃないでしょうか。原因はシンプルで、私自身がその発問の意味を腹落ちしていなかったからです。指導書に書いてあるから読み上げているだけ。自分が聞きたいことではないから、子どもの反応にも対応できない。
授業を「自分の言葉」に変える最初のコツ
1. 指導書を読んだ後、一度ノートを閉じて「自分なら何を聞きたいか」を書き出す
これが一番効きます。指導書の発問例を見る前に、教材だけを読んで「自分はこの教材のどこが面白いと思ったか」「子どもに何を考えてほしいか」を、3つだけでいいので自分の言葉でメモする。
そのあとで指導書を開いて、自分のメモと指導書の発問を比べる。似ているなら自信を持っていいし、ズレているなら「どっちが今日のクラスに合っているか」を考えればいい。これだけで授業の手応えが変わります。
2. 発問は「子どもの顔」を思い浮かべながら声に出して読む
授業前夜、指導書の発問をそのまま黙読するのではなく、明日の教室で目の前にいる特定の子どもの顔を思い浮かべながら声に出して読んでみる。
「主人公の気持ちはどうだったでしょうか?」を、よく挙手するA君に向かって言ってみる。次に、内向的でいつも黙っているBさんに向かって言ってみる。すると、ほぼ間違いなく 「この発問、Bさんには届かないな」 と気づきます。そこを「主人公はこのとき、どんな顔をしていたと思う?」のように、もう一段かみ砕く。これだけで授業の入り口が変わります。
3. 板書は「写す」ではなく「自分の動線」に書き直す
指導書の板書例は完成形がきれいに描かれていますが、あれを最初からそのまま再現しようとすると詰みます。チョークを持つ手の動き、子どもがノートに写す時間、こちらが振り返るタイミング、すべてが指導書通りに進むわけがないからです。
そこで、授業前に白紙のノートに「自分が黒板のどこに、どの順番で書くか」を簡単な矢印つきで再構成する。完成形ではなく動線として捉え直すだけで、「あ、ここで子どもが書き終わるのを待たないといけないな」「ここは赤チョークで囲もう」と授業のリズムが見えてきます。
4. 「予想される反応」を3パターンだけ自分で作っておく
指導書には「予想される反応」が5〜10個並んでいることが多いですが、新任のうちは全部覚えられません。なので、自分のクラスの子3人の顔を思い浮かべて「あの子ならこう言いそう」を3パターンだけメモしておく。
これは 発問ひとつで授業が激変する話 でも触れていますが、発問の精度よりも「切り返しのストック」の方が、実際の授業では効きます。
5. 授業の最初の30秒だけは完全にアドリブにする
これは少し勇気がいる方法ですが、効果絶大です。指導書通りに始めるのではなく、授業の最初の30秒だけは「今日の自分の言葉」で入る。
「昨日の体育、みんな汗だくだったね。今日の国語、頭をもう一回汗かかせるよ」みたいな、教材と関係なくてもいい一言。これだけで子どもが「あ、先生のターンが始まったな」とスイッチを入れてくれます。指導書には絶対に書かれていない、あなたにしかできない部分です。
「自分の言葉」が出てこないときの応急処置
とはいえ、5月のこの時期、ヘトヘトで自分の言葉を絞り出す余裕すらない日もあります。そんなときは、「指導書を真似する先輩を真似する」 戦略でしのいでください。
具体的には、学年主任やベテランの授業を1回だけ参観させてもらう。その先生が指導書のどこを使って、どこを自分の言葉に変えているか、それだけを見る。完璧な授業を見るのではなく、「指導書の改造ポイント」を盗む感覚で見ると、自分の授業作りに直結します。
真似することへの抵抗がある方は、新任時代は徹底的に真似していい話 も読んでみてください。真似は手抜きではなく、最短ルートの学習です。
教材研究の時間が足りないときは
「自分の言葉に変える」と言っても、そもそも教材研究の時間がない、というのが新任の本音だと思います。これについては 教材研究を短縮するコツ にまとめているのでそちらをどうぞ。
ポイントだけ言うと、全部の教科を完璧にやろうとしない。週1回、自分が好きな教科の1コマだけ「自分の言葉化」をやる。これを続けると、3ヶ月後には他の教科にも応用できるようになります。
まとめ:指導書は「敵」でも「神」でもない
新任のうちは、指導書をどうしても「正解の書かれた本」だと思ってしまいます。私もそうでした。でも本当は、指導書は 「あなたが作る授業の素材集」 でしかありません。
- 指導書を見る前に、自分が聞きたいことを3つメモする
- 発問は子どもの顔を思い浮かべて声に出して読む
- 板書は完成形ではなく動線として書き直す
- 予想される反応は自分のクラスの3人ぶんに絞る
- 授業最初の30秒は完全アドリブで入る
この5つを、毎日全部やる必要はありません。今週は1つだけ、たとえば「自分が聞きたいことを3つメモする」だけを国語の時間にやってみる。それで授業が少しでも自分のものになる感覚が出てきたら、来週はもう1つ足してみる。
指導書通りにやってもうまくいかないと感じているのは、あなたが 「自分の授業を作ろうとしている証拠」 です。そのまま読めば成立する台本に違和感を覚えているということは、教師として一番大事な感性が育っている、ということ。焦らず、1コマずつ、自分の言葉を増やしていきましょう。

コメント